締め切りのない原稿は、いちばん先に止まります。仕事のあとに書いている人なら、思い当たるはずです。締め切りのあるものは何とか出します。ないものは、明日でいいことになります。小説家になろうやカクヨムで連載していれば、更新が一度飛んだだけで怖くなります。読者が離れていく気配だけが濃くなり、次の1話がさらに書けなくなります。外から効く力が新人賞の締め切りしかない、という人も多いはずです。
スティーヴン・キングは『書くことについて』で、机に座るのが被告席に座るようだった日々を書き残しています。ニール・ゲイマンの日記には「次に何を書けばいいのか、まったく分からない」という一行があります。J・K・ローリングは『ハリー・ポッター』の二作目で行き詰まり、シリーズを続けられるのか自分で疑ったと語っています。
筆が止まるのは、怠けている人ではありません。気にしている人に起きます。頭の中に世界が一つあるのに、カーソルだけが点滅しています。「みんな止まる」と知っても、それだけでは1文字も進みません。要るのは分解です。どこで詰まっているのかを特定して、そこに合う道具を入れます。
この記事は20の方法を並べます。励ましではなく、道具箱です。
止まるのは信号です
病気だと思って治そうとするのが、最初の間違いです。
体の痛みは敵ではありません。警報です。膝が痛いのは走り方に問題があるからです。胃が痛いのは、食べてはいけないものを食べたからです。筆が止まるときも同じで、創作の蛇口が壊れたわけではありません。どこか手前の工程が警告を出しています。
大きく三つに分けて考えると、開ける鍵が変わります。
方向を見失っている。 物語は半分まで来て、主人公は分かれ道に立っています。画面の前の人も同じ場所にいます。最後の段落を読み返しても、浮かぶのは「それで、どうなる」だけ。たいていは、プロットが具体的でないか、書いている途中で当初の計画が成立しないと気づいたかです。
手が動かない。 いちばん苦しい型です。画も台詞も感情も頭の中にはあるのに、指が動きません。完璧主義が喉元を押さえています。頭の中の完璧な場面は、文字にした瞬間に平凡になる——そう思うと打てなくなります。あるいは特定の場面、たとえばアクション、濡れ場、専門知識の要る箇所だけを避け続けています。見分け方は簡単です。次の場面を友人に口で説明できるのに文書には打てないなら、この型です。
気力が切れている。 ファイルを開くと閉じたくなります。書くことを考えるだけで疲れます。生活の他のことには興味が残っているのに、この物語にだけ向きません。長く抱えすぎて新しさが蒸発したか、生活の負荷が創作の燃料を吸い切ったかです。
三つの型に、三組の解き方があります。混ぜると余計に詰まります。
方向を見失っているとき
詰まりの正体は「ひらめきが足りない」ではありません。ひらめきは過大評価されています。足りないのは情報です。物語のほうに、考える材料と下ごしらえが要ります。
「もし」を十個書き出す
紙とペンを用意します。画面は閉じてください。
これから起きうることを、最低十個書きます。ばかげたものも、筋が通らないものも数に入れます。
登場人物が秘密を知ったところだとします。相手に詰め寄るかもしれない、知らないふりで裏を調べるかもしれない、第三者に話すかもしれない、忘れることを選ぶかもしれない、相手のほうから白状するかもしれない、秘密自体が偽物かもしれない、調べるうちにもっと大きなものが出てくるかもしれない——
十個書くと、二つか三つで脈が速くなります。その反応が答えです。
効くのは、「作る」を「選ぶ」に変換しているからです。無から作るのは難しく、十個から一つ選ぶのは簡単です。
キャラクターに戻る
止まる原因の多くは、筋を設計しはじめて、人物についていくのをやめたことにあります。
目を閉じます。場面を思い浮かべるのとは違います。その人物になります。過去も恐れも欲しいものも抱えたまま、この状況に立ちます。この人は何をするか。
物語の都合で何をさせるか、ではありません。この人が何をするか、です。
差は大きいです。都合から入ると、正解のない数式を解くことになります。本人の反射から入ると、答えのほうから浮いてきます。人物はもう組み上がっていて、選択はその性格の延長だからです。
「この人なら何をするか」に答えられないなら、まだその人物を知らないということです。無理に筋を進めず、設定に戻って背景を埋めます。遠回りに見えて、いちばん速い道です。
AI コーチに相談して選択肢を増やす
一人で考えて袋小路に入ったときは、話し相手が要ります。
SlimaのAI コーチ(Cmd/Ctrl+Shift+A)に、詰まっている状況を説明します。AI コーチは作品の中身を読んだうえで答えるので、その人物の過去も動機もこれまでの決断も踏まえた案が出てきます。たとえばこう聞きます。
主人公は誰も信用しない探偵です。相棒が内通者かもしれないと、たった今気づきました。
この事件を三か月追いかけています。
私が積み上げてきた設定から見て、この人はどう動くのが自然ですか。
意外な選択肢も混ぜて、五つ出してください。
AIは方向を出します。選ぶのは作者です。全部却下して聞き直しても構いません。
原則は一つ。AIが選択肢を出し、作者が決めます。
この場面を飛ばす
特定の場面で止まっているなら、いちばん簡単な解き方は、書かないことです。
原稿に1行だけ残します。[あとで補記:AとBの対決。AがBの秘密を明かす]。そのまま先へ進みます。
逃げに見えて、実は手順です。後ろを書いてから戻ると、その場面の書き方がはっきりしていることがよくあります。結果をもう知っているからです。対決が何につながるか分かれば、そこに積んでおくべき感情も決まります。ブランドン・サンダースンは〈ストームライト・アーカイヴ〉を書くあいだ、難しい場面を何度も飛ばし、興奮する場面を先に書いて、あとから埋めています。怠けているわけではありません。段取りの問題です。
手が動かないとき
何を書くかは分かっているのに、書けません。これは心理の問題です。能力とは関係ありません。
ひどい初稿を自分に許す
この記事でいちばん大事な一つです。
アン・ラモットは『ひとつずつ、ひとつずつ』で、良い書き手はみなひどい初稿を書く、と言い切りました。使った言葉は「くそったれな初稿」です。冗談ではありません。良い作品にたどり着く唯一の道だと書いています。唯一です。
頭の中の完璧な画は、一度目で完璧に紙に出ません。初稿の目的は完成度ではありません。存在することです。存在するひどい原稿は、存在しない傑作より必ず価値があります。
わざと下手に書いてみてください。「これはこの場面の最低版だ」と自分に言い渡します。品質への執着が落ちた瞬間に、文字は流れ出します。しかもその最低版は、たいていそこまでひどくありません。核だけは掴んでいます。
壊すのが怖いなら、書き始める前にスナップショットを1つ撮っておいてください。ひどく書けたら、その原稿ファイルだけをスナップショットの状態に戻せます。ほかの話は1文字も動きません。バージョン管理は無料プランでも使えますし、手で撮ったスナップショットは残り続けます。取り返しがつくと分かっていると、筆は大胆になります。
別の場所から書き始める
最初の1文が出ないなら、飛ばします。2文目から、場面の途中から、結末から始めます。
順番に書けと誰かが決めたわけではありません。冒頭の圧が高いのは、読者の第一印象を決めるからです。真ん中は真ん中でしかありません。圧が下がると指は動きます。真ん中を書き終えると、その場面が何のためにあるのかも見えているので、冒頭のほうから出てくることがよくあります。
台詞から書き始める
台詞はいちばん書きやすい形かもしれません。ほとんど「しゃべる」だけだからです。
一人目に何か言わせます。何でも構いません。「また遅刻」「その話はしたくない」「ここ、変わったね」。
誰かが口を開けば、場面は勝手にほどけます。台詞には勢いがあります。Aが言えばBが返し、Bが返せばAが返します。気づけば数百字あります。
タイマーを15分にする
15分。読み返しません。直しません。「これで合っているのか」と手を止めません。書くだけです。
15分後、粗い下書きが数百字あるはずです。粗いですが、存在します。
心理学ではこれを「プライミング効果」と呼びます。動き出せば脳は執筆モードに切り替わります。壁は執筆そのものにはありません。着手にあります。タイマーは着手を強制します。あとは勝手に続きます。
環境を変える
脳が「この環境」と「何も出ない」を結びつけてしまっていることもあります。同じ机、同じキーボード、同じ画面。前回ここで何も書けなかった記憶が、条件反射になっています。
マヤ・アンジェロウがホテルの部屋で書いていたのには理由があります。新しい場所は、古い結びつきを切ります。
部屋を移ってみてください。喫茶店でも構いません。座る位置や書体を変える、照明を落とす、それだけでも効きます。Slimaはネット接続がなくても書けるので、ノートパソコンを持って出た先で続きが書けます。空間か機材を変えるだけで膠着が割れることがあります。
書く気力が消えたとき
三つの型でいちばん厄介です。なぜ書くのか、という深いところまで届いてしまうからです。
最初のメモまで戻る
いちばん古いメモを掘り出します。最初のプロット。この物語を友人に興奮しながら話したときの、あの言い方。
脈を速くしていた核は何だったのでしょう。
長く書いているうちに、その核から離れます。筋を通すために枝を足しすぎました。推敲のあいだに最初の声を落としました。核をもう一度見つけると、火がつき直すことがあります。
ニール・ゲイマンは、作品への興味が薄れたときに自分へこう聞くそうです。「この話の最初にわくわくしたのは何だったか」。そして最初のメモを読み返します。火種はたいてい残っています。埋まっているだけです。
自分でうまく書けた段落を読み返す
どの作品にも、書いていて特に手が合った段落があります。人物の声を掴んだ会話かもしれません。自分で鳥肌が立った場面かもしれません。探して、読み返します。
自惚れではありません。較正です。同じ作品と長く格闘していると、自分の力を疑い始めます。良かった箇所を読み返すのは、書けるという事実の確認です。この物語は完成させる価値があります。
「十分いい」を「いい」として受け取る
基準が高すぎて気力が死ぬこともあります。どの1文も傑作に届きません。届かない日が続くと、ファイルそのものが毒に見えてきます。
世の中には未完の傑作が多すぎます。引き出しの中で誰にも読まれない原稿です。完成した平凡な作品と比べれば、完成したほうが常に価値を持ちます。読まれ、話題にされ、学ばれ、次の一冊の土台になります。未完の傑作は何にもなりません。
この一冊は傑作である必要はありません。終わっている必要があります。
もう一つの作品を並行して進める
直感に反しますが、書くことからの休息が、別のものを書くことである場合があります。
Aに疲れたらBを書きます。Bが止まる頃には、Aが潜在意識のほうで発酵しています。ニール・ゲイマンもブランドン・サンダースンも、複数を同時に走らせる書き手です。サンダースンは〈ストームライト・アーカイヴ〉のような巨大なシリーズを進めながら、単発の長編も書いています。散漫になっているのとは違います。畑の輪作です。同じ作物を作り続けると土が痩せます。
Slimaでは作品ごとに本を分けておけます。切り替えは数秒で、ファイルツリーを開けばどの話まで進んでいるかがひと目で分かります。
目標を極端に小さくする
「この本を完成させる」とは考えません。「今日100字書く」と考えます。
100字。短いメッセージ1通分です。
始めてしまえば、たいてい100字は超えます。超えなくても目標は達成です。小さい目標を7日続けるほうが、1週間まったく触らないよりずっと前に出ます。
Slimaの執筆の目標は、1日の字数を目に見える形にします。エディターの右下に今日の字数と全体の進み具合が出るので、数字が増えること自体が燃料になります。連続日数も記録されます。「14日連続で執筆中」と出ていると、途切れさせたくなくなります。
巨匠たちの実務的な技法
時代の違う書き手たちが実際に使っていた方法です。長く残っている時点で、それなりの理由があります。
ヘミングウェイの「高いところで止める」
アーネスト・ヘミングウェイは、その日の続きが見えている状態で手を止めました。詰まってから止めるのではありません。
翌朝、白紙と向き合わずに済みます。最初の1文がすでに待っています。
心理学でいう「ツァイガルニク効果」です。終わっていない作業は頭に居座ります。高い位置で止めると、その未完の場面が潜在意識で発酵し、翌日は続きを書きたくてたまらなくなります。
一人に向けて書く
具体的な誰か一人に、この話を聞かせているつもりで書きます。友人でも、伴侶でも、頭の中の理想の読者でも構いません。
一人に向かって話すほうが、虚空に向かって話すよりずっと簡単です。スティーヴン・キングは書くとき、いつも妻のタビサを理想の読者として想定しています。この段落で彼女がどこで笑い、何を疑い、呆れて目を回すかを想像しながら書きます。
声に出して読む
直前に書いた数段落を、声に出して読みます。
聴覚からの入力は脳の別の場所を動かすので、続きに思考が「つながる」ことがよくあります。音読は問題も暴きます。リズムの狂い、嘘くさい台詞、飛んでいる感情。潜在意識はとっくに気づいています。声に出すと、意識のほうにも聞こえます。
歩く
止まったら15分歩きます。携帯は持ちません。ポッドキャストも聞きません。歩くだけです。
潜在意識に処理させます。いちばん良い考えは机の上では出ない、と多くの書き手が言います。散歩や風呂、通勤の途中に出てきます。「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる働きで、集中的な思考を止めたとき、脳はゆるく結びつく状態に入ります。村上春樹は毎日1時間走り、筋の着想の多くは走っている最中に来ると書いています。
語りの視点を変える
三人称で書いた場面が止まったら、一人称で書き直してみます。逆も同じです。
本全体の視点を変える話ではありません。場面の別の面を見るための道具です。視点を替えると、それまで見えていなかった細部が出てきます。場面が止まる原因が、視点人物の選択を間違えたことだった、という場合もあります。
キャラクターに手紙を書く
脚本の現場から来た技法です。二人称で人物に話しかけます。
「なぜそうした。何が怖い。欲しいものを全部手に入れたら、その先はどうする。絶対に知られたくないことは何だ」
人物が「答える」ことがあります。その答えが必要な方向です。神秘的に聞こえますが、試した書き手は口を揃えて効くと言います。対話できる相手として扱った途端、その人の声はずっとはっきりします。
起こさないための習慣
いちばん良い対策は、止まらせないことです。
執筆の儀式をつくる
脳は習慣を好みます。同じ時間、同じ場所、同じ飲み物。数週間繰り返すと、脳が覚えます。この時間は書く時間だ、と。
ひらめきを待たないでください。ひらめきに出勤時刻を教えます。マヤ・アンジェロウは毎日同じホテルの部屋に通いました。その部屋に入ることが、彼女の脳にとってのスイッチでした。
Slimaの集中モード(F11)は、この儀式づくりを助けます。全画面で、余計なものが消えて、文字と思考だけが残ります。集中モードに入ること自体が合図になります。
力尽きる前に止める
ヘミングウェイの技法の延長です。毎回へとへとになるまで書かないでください。余力があって、次の一歩が見えているうちに止めます。
翌日座ったとき、谷底から登り直さずに済みます。
読み続ける
書き手は読み手です。読まない期間が長く続くと、創作の貯水池は枯れます。
いま書いているものに似た本を読み、まったく違う本も読みます。入力がなければ出力もありません。スティーヴン・キングは年に70冊から80冊読みます。書き続けられる理由の一つです。
スナップショットで二つの展開を試す
物語がどちらに転ぶべきか決まらないとき、頭の中だけで悩んでも答えは出ません。
先にスナップショットを撮ってから、片方の展開をそのまま書きます。数百字も進めば、どちらが手に馴染むかは見えます。合わなければ、その原稿ファイルだけをスナップショットの状態に戻して、もう一方を書きます。戻るのは1ファイルだけで、作品全体を巻き戻す必要はありません。ほかの話は1文字も動きません。捨てたほうの展開も、手で撮ったスナップショットの中に残ります。バージョン履歴は無料プランでも使えるので、試すのに費用は関係ありません。
自分の面倒を見る
最後の一つで、いちばん重い一つです。
睡眠。運動。人間関係。休息。
創作は24時間回る機械ではありません。生活が傾けば、書くものも傾きます。筆が止まるのは、体が休めと言っているだけのこともあります。そのときは聞いてください。
おわりに
止まったことは終わりではありません。信号です。
尊敬している書き手は全員これを経験しています。おそらく今も経験しています。才能がない証拠でもなければ、その物語に値打ちがない証拠でもありません。
どこかを調整しろ、と言っているだけです。方法かもしれません。心構えかもしれません。生活そのものかもしれません。
この20の方法が全部あてはまることはありません。それでも、いくつかは効きます。試して、自分に合う武器を見つけてください。
そして、書き続けてください。
その物語は、語られる価値があります。